商店街

長崎神社・例大祭~街路の幅が生み出す一体感~

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我が家が毎年楽しみにしている椎名町・長崎神社の例大祭に今年も行ってきた。2009年は9月12日、13日の開催でした。
この時期は、椎名町の駅前から裏通り、そして長崎神社の中までぎっしりと屋台が出て、子供から大人まで、老若男女が集まり、熱気に包まれます。今年も色々なお祭りに出かけましたが、長崎神社のお祭りは密着感をすごく感じます。別の言い方をすれば、一体感というか。

街路の狭さを生かす商店街とお祭り
なんでかなぁと考えたけど、1つは道(路)の狭さにあるんじゃないかと思います。
商店街にもいえることですけど、街路の幅って重要です。通りを歩くだけで、両側のお店を把握できる方が買い物(商店街に来る主たる目的)には便利ですし、お店の比較もしやすい。片側通行しかできないと、「行って帰って」と二度手間になってしまいます。商店街での買い物は毎日のことなので、“買い物しやすさ”は地元の人たちにとって重要な要素です。お祭りにも同様のことがいえ、ほとんどのお祭りが神社の境内や参道に屋台を出すのも、こんな街路の幅を無意識的に感じているのかもしれません。
もちろんお祭りの盛り上がりは、地元住民や商店街の参加度合いが大きく左右します(街路の幅より重要な要素です)。お祭りは商店街にとって地域住民が参加する重要なイベントの1つです。街路の幅という恵まれた環境を生かしつつ、地域の参加をどのように促していくか?すべての地域に共通する“解”はありませんが、長崎神社は1つの事例として参考になるのではないでしょうか。

↓ちなみにこれは同日に開催された下落合氷川神社の例大祭。下落合4丁目の会場風景です。大雨でお祭りを楽しむ余裕はありませんでした・・・
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「ノスタルジー×カオス」に見出す日本人の幸福論~立石商店街~

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京成線の青砥から1つ目、立石に行ってきた。
8月15日の終戦記念日でお盆で土曜日ということもあり、ほとんどのお店はお休みだったが、戦後の闇市から発展してきたその商店街は、昭和の香りをプンプン感じることができた。
戦後の名残を残した各商店が、独特のノスタルジーを醸しだしている。大手のスーパーやコンビニに慣れ親しんだ目で見ると、そこには一種の懐かしいカオスがあり、昔の日本庶民が持っていた底知れぬパワーを感じることができる。テレビで東南アジアの露店を見るとカオスを感じる一方、現地の人たちの明るさや力強さが印象的だ。全体としてみるとそこには秩序や習慣が無意識的に形式化されており、それが地域の文化として魅力を発している。日本が忘れてしまった地域の人たちが作り出すこうした文化的な魅力が、立石の商店街の最大の特色といえそうだ。
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歴史を体現することで得られる幸福論
寺山修司は、そのエッセイの中で、歴史という言葉の捉え方として、「過去は、ストーリーであり、未来だけがエクスペリエンスであり得る」と書いている。過去はお話に過ぎないが、未来は行動を通して実存性を獲得することができ、そこに幸福論の実体があるのではないかと、ということだ。商店街の魅力の1つも歴史や過去であるが、代を越えた伝承・営業という体現を通じて“商店街”をエクスペリエンスし続けている立石商店街に、日本人の幸福論を見出してしまうのは、私だけであろうか。
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立石で60年以上営業を続ける「星菊水」。店主によると以前は出所後の阿部定も働いていたと言う。ランチの刺身定食(1000円)はオススメ。都心で食べたら2、3千円はしそうなほど新鮮でおいしい刺身が食べられます。

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北区の新たな観光名所「23区初のロープウェイ」

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王子駅側から飛鳥山に登るには、さくら新道を脇の階段&急な坂をエッサエッサと上る必要があった(都電の飛鳥山駅側からだと比較的楽なのだが)。この階段と坂が、なかなかの心臓破りだったため、ロープウェイが7月17日に新設され、運行を開始した。
標高25.4メートルの飛鳥山の頂上まで約1分程度で連れてってくれるこのロープウェイは、日本一距離の短いモノレール式登山電車で10人乗りとのこと。トップの写真を見てもらえば分かるように、斜行式のロープウェイ?モノレール?ケーブルカー?で(運行形式・技術的にはモノレールになるようですが、見た目はロープウェイなので、一般にはロープウェイと認識されるのでは?)、中からはJR王子駅が一望できる 。Photo_2運がよければ新幹線の通過を見ることができるだろうから、小さな子供や鉄ちゃんには喜ばれること間違いなし!
ちなみに、このロープウェイを建設する際は、エレベーターにするかどうかの議論もあったようですが、ロープウェイの方がコストが安いとの試算から、この斜行式のロープウェイになったそうです。ロープウェイなんて都内であまり乗ることできないし(飛鳥山以外に知りません!)、乗るだけで観光気分を味わえますよね!北区の新たな観光名所として、期待できそうです。

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テレビ局に一番近いパワースポット?で盆踊り~スピリチュアル赤坂「浄土寺」

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赤坂「浄土寺」で催された「第37回浄土寺盆踊り大会」(7月23日、24日)に行ってきた。赤坂一ツ木通りを通ったことのある人ならお気づきの人も多いと思うが、TBS方面から赤坂見附に抜けようとすると、左手に参道が見えてくる。その奥にあるのが浄土寺だ(ちなみにさらに青山通り方面に進むと赤坂不動尊がある)。平河山浄土寺は、1503(文亀3)年創建の浄土宗の寺で、銅造地蔵菩薩坐像は、港区有形民俗文化財。石造閻魔王坐像もあり、江戸時代には閻魔詣でで賑わったとか。慶長年間に現在地に移ったPhoto
毎年、この時期に盆踊りが開催されるようで、今年で37回目。さすがに37年前の赤坂界隈の様子は知らないが、2008年に赤坂サカスが完成したこともあり、テレビ局(TBS)の街として不夜城の賑わいを見せている。そんな都会の象徴ともいえる場所だが、浄土寺の参道に入ると、ひっそりとした雰囲気になり、スピリチュアルな印象を受ける 。
最近、パワースポット(エネルギースポット、気場などともいい、この地球上にあるすべての生命や物質の存在及び活動の源となるエネルギーが集中していると、宗教や風水、スピリチュアリティの観点から見なされる場所のことである)が人気あるようだが、もしかしたら浄土寺は、テレビ局に一番近いパワースポットかもしれない?個人的にはこの手の科学的根拠のはっきりしない効能は信じないので、エネルギーや気の流れを感じることはなかったが、浄土寺と赤坂不動尊などが点在するこの辺りは、古来のパワースポットとして崇められていたのだろう。

やっぱり主役は生活者。赤坂にも人は住んでいる!
さて、盆踊りは、あいにくの天気にも関わらず、赤坂サカスのBizタワーをバックにしたやぐら(トップ写真)を取り囲むように盛り上がりを見せていた。こう言ったら失礼かもしれないが、赤坂にも人は住んでいるのだろう。明らかに近所の住民らしき淑女や子供が浴衣に手拭いといった出で立ちでやってきて、盆踊りを盛り上げている。また、子供たちにはジュースやお菓子が無料で配られる。さらに最後にはアークヒルズの食事券が当たる抽選会も(伊右衛門は621番でしたが外れました)。ビジネスや繁華街としての顔だけでなく、生活拠点としての顔を持つ赤坂という街の意外な一面を垣間見せてくれた。当たり前と言えばそうなのだが、やはり盆踊りの主役は近所の生活者だと実感しましたPhoto_2
もちろん、赤坂近辺の会社員らも続々参加(伊右衛門もその1人です)。近所の人に混じって踊る人もいれば、伊右衛門のように1杯100円!!のビールに群がる人も。参道には屋台が並び、バナナチョコ、イカ焼き、たこ焼き、金魚すくいなど、夏祭りや盆踊りの“必需品”が揃っている。残業中に抜け出して一息つくには、絶好の機会!毎月のように開催してもらいたいものです。
でも、さすが赤坂!と思ったこともありました。町内会の名前が、「アークヒルズ自治会」とか「ミッドタウン町会」って言うんです。やっぱり抑えるべきは抑えていますね(笑)。

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与謝野馨もいますね。

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「酸漿(ほおずき)を乞いて、ご利益を得る」~ほおずき市に見る聖と俗の融合

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浅草ほおずき市に行ってきた。江戸時代に端を発する伝統行事で、その名の通り、ほおずきを売る露店が約200店のほか、屋台が軒を連ね、浅草寺を彩っている。ほおずき市は、毎年7月9日と10日に開催されることになっているが、何でも7月10日は四万六千日と呼ばれ、この日に参詣すると46000日、約126年分のご利益があるとされる。つまり、1日で一生分の“点数”が稼げるわけだ。46000という数字は、「米一升分の米粒の数が46000粒にあたり、一升と一生をかけた」など諸説があるようだ。

聖と俗が織り成す幽玄な香り
浅草に行くのは、昨年の11月のこのエントリー以来。
前回は人が多く、仲見世を通ることができなかったが、今回は仕事帰りに寄ったこともあり、仲見世見物も楽しむことができた。仲見世を過ぎると、ほおずきを売る露店が現れ、本堂の脇の六区に通じる広場には多くの屋台が並んでいる。
我が家でもほおずきを一鉢買ったが、Photo_3 閉店間際だったためか、いつでもそうなのかは分からないがおまけしてくれた。ほおずきについてくる風鈴も、子供が2人いるので2つもらえ、子供も大喜び。近所の花屋では、鉢に入ったほおずきはなかなか売っていないようで、大江戸線と銀座線を乗り継いで浅草寺まで足を運んだ甲斐があった。
そして何より、圧巻だったのが夜の浅草寺。五重塔がライトアップされ、本堂や宝蔵門を見下ろすようにそびえる様は、まさに幽玄。また、露店の電灯が、水辺に集まる蛍の光のように境内やそこを行き交う人たちを照らし、幻想的な雰囲気や文化、歴史を感じさせてくれる。浅草には、浅草寺に代表される「聖の文化」と六区やホッピー通りなどの「俗の文化」があるとされる。この相反する2つの共存は街としての魅力や地力の強さにつながり、それが多くの人を魅了してやまない理由の1つだと思うが、「ほおずき市」は聖と俗の融合の象徴的な行事だと実感することができる。
ほおずきは漢字で書くと、酸漿となる。この漿には、「漿(しょう)を乞(こ)いて酒を得(う)る」という中国の古い言い伝えがある。「希望したもの以上のよいものを得るたとえ」で使われ、「水を乞いて酒を得る」という意味になるようだ。「酸漿を乞いて、ご利益を得る」ほおずき市。先人達の奥深さを感じる。
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砂町銀座「魚勝」に見る商店街の「三ツ星商店」とブランド戦略

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砂町銀座に行ってきた。十条銀座、荏原銀座と並び、東京3大銀座の1つといわれる江東区の商店街。以前から行こうと思っていたのだが、駅から遠いという理由で、何となく足が遠のいていた。
最寄駅としては、亀戸(JR総武線)、西大島(都営新宿線)、南砂町(東西線)などがあるが、いずれも駅からバスに乗る必要がある。その分、バスの種類は多く、錦糸町や両国、葛西などからもアクセスが可能だ。今回は、行きは西大島、帰りは両国を使った。
砂町銀座は、明治通りから丸八通りまでの670メートルに、180軒ほどの店がひしめく商店街。道幅は、3~5メートルほど。歴史的に昭和40年代半ばまで町工場や零細企業が多かったところで、その住民たちの相手の商店街として発展してきた。安い食料品や洋品、惣菜屋さんなどが軒を連ね、代表的な下町の商店街として、商店街ファンの間では有名な商店街である。毎月10日にはバカ値市が開かれる。
西大島からA4出口を出てすぐ左側にあるバス停からバスに乗り、約4分(バス停は3つ先)で、砂町銀座の入口に到着(トップの写真)。と同時に、ものすごい人の行列が伊右衛門家を迎えてくれた。魚の切り身や干物、野菜を激安で販売する「魚勝」。野菜売り場と魚(干物)の売り場の2方向にできた行列だけでなく、店の脇には鮭の切り身専門に販売する行列が。トップの写真の左に見える人だかりが「魚勝」の行列。

行列のできる“三ツ星”魚屋
魚勝は、砂町銀座を代表する魚屋さんで、商店街の入口の店舗のほかに、入口から100メートルほど入ったところに鮮魚専門の店舗がある(こっちが本家)。砂町銀座一の行列店として知られ、鮮度の高さと値段の安さが自慢。一般客に混じり飲食業者もこっそり並んでいるという情報もあり、ミシュランガイドの商店街版があれば、三ツ星間違いない鮮魚店でしょう。
営業時間は12時から16時までで、売切次第終了。到着したの12時過ぎだったが、その時点で店内は満員。行列は、50人ほど。早速、列に並ぶこと10分程度。中に入ると、魚の切り身や刺身の柵、かにや貝類、干物などが多数並んでいました。
この日のオススメは毛がに!!生きた毛がにが一杯980円。これは安い!入口にいた店員のおじさんが声を張り上げて、「この毛がには安いよ。他だったら1匹5000円はするのが、980円。買わなきゃ損だよ」と絶叫。
あと、他の店員がカレイが運んできたら、「このカレイも、他では絶対に手に入らないよ!魚勝でも年に数回手に入るか入らないかの代物だよ。ここにあるだけだから、早く持っていって!」と言ったら、みんな続々と買い物カゴへ。あっという間に、カレイが売切。
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品質の良さと「安心」を売り込む魚勝のブランド戦略
この営業トークはうまいなぁと思いました。魚勝という鮮魚店としてのブランドを使いながら、魚の魅力、値段の安さを売り込む。買い物客も、「魚勝の魚なら」という安心感もあるし、これまでの長い歴史で信頼関係が築かれているのでしょう。
本当にこのカレイが珍しいのか、毛がにが安いのか、疑い出したらキリがないのですが、この人込みと営業トークの勢いプラス信頼感が加わったら買いたくなるのが人情というものでしょう。「食の安心・安全」の注目が高まる中、食品検査などを通じて「安全」を科学的に立証することができても、人の心や印象に左右される「安心」については、科学的な裏付けだけでは消費者は満足しないといいます。こうした捉えどころのない「安心」を1つの売りにして、ファンを増やしているのが高級ブランドですが、魚勝の商売もこれを似たような側面があると思いました。日本の老舗や商店街の長老的なお店は「ブランド」より「暖簾(のれん)」という言葉のほうがピッタリくる感じがしますが、いずれも品質の良さと長年の信頼関係による安心感によって支えられていることは間違いありません。
もちろん、砂町銀座という「地(商店街)の利」も見逃せません。ルイ・ヴィトンが銀座や新宿などにブティックを構え、ブランド力を演出しているように、鮮魚店もそれにふさわしい“場”が必要であることは言うまでもありません。

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魚屋は儲からない?儲かる魚屋の基本戦略は商店街にあり。

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魚屋は儲からないという。特に、食品スーパーにおける鮮魚売り場は、“お荷物状態”のようだ。鮮魚は精肉と比べて、鮮度劣化が早い。刺身や切り身など店側で付加価値をつけなければならないため労働生産性も低い。海外での魚需要が増大しており、仕入れ価格も上昇傾向にある、などが主な理由だそうだ。
ただ、こうした状況の中でも、健闘している魚屋として、この記事では「魚力」が紹介されている。この魚力。いわゆる魚屋のチェーン店として、全国に35店舗を構え、駅ビルや百貨店に出店している。もともとのルーツは、立川の魚屋さん。そのため、商店街にある魚屋のような対面販売を重視している。
伊右衛門も、吉祥寺の駅ビルに入っている同店に行ったことがある。確かに子供のころ、近所にあった魚屋と同じような雰囲気や勢い、そして買い物客とのコミュニケーションが生まれていて、駅ビルの魚屋にしては珍しいなと思った記憶が。伊右衛門家は、魚はいわゆる魚屋さんでしか買わないのですが、ここは鮮度も高そうだったし、品揃えも充実して、価格もリーズナブルだったので、ブリの切り身などを買いました(これは我が家では実に珍しいことなんです)。
*ちなみにトップの写真は、魚力ではありません。紛らわしくてごめんなさい。

魚屋繁盛の秘訣
魚力の繁盛振りを見ると、鮮魚に対する消費者のニーズは非常に高いということができると思います。もちろん立地条件がよいことも1つの理由ではありますが、Photo_4 立地条件がよいところに出展する百貨店でも、ここまで賑わっている鮮魚売り場はそう多くありません。
この記事では、繁盛の秘訣として、
①対面販売による高い販売力
②店頭での魚の加工サービス
③高い仕入れ力による価格競争力
を挙げている。①を通じて、消費者に「魚の食べ方」を提案し、それに最適なよう  *これが魚力の様子。
に魚を加工してくれる。加えて、財布に優しい、となれば、夕飯の献立に悩む主婦の心をがっちりとつかむのは、想像に難くない。普通の商店街の魚屋さんでは、当たり前に行われている風景です。

減りつづける魚消費。その解決に向けて
ところで、近所のスーパーの鮮魚売り場を思い浮かべてみると、③は分からないが、①②とも欠けている。繁盛するわけがない。③は、魚屋をビジネスとして拡大していく上で欠かせない要因だが、①②については、手間がかかるだけで、価格に反映できないから、経営者としては極力コストをかけたくない。そのため、鮮魚売り場の“貧弱化”を招いているのではないか。
でも、だからといって全員が、商店街の魚屋さんにまで行くことはない。それゆえに魚の消費量も落ちているという。2007年の政府発表の「水産白書」によると、平成7年(1995年)と平成16年(2004年)の1人1日あたりの魚の消費量を比べると、どの年代においても消費量P070531_00_3 が減っている。白書ではその原因として、
・子供の魚嫌い
・価格の高さ(グラム単価は変わらないが、頭や内臓を除くと割高感を感じる)
・調理の面倒さ
・消費者ニーズの多様化への対応不足
を挙げている。これらの原因を一挙に解決するミラクルXはなく、地道に、時間をかけて解決していくことが必要ですが、魅力的な鮮魚を届ける“魚屋さん”が、その中心的なカギとなることは間違いないと思います。だって、新鮮でおいしいそうな魚があれば、日本人なら誰だって食べたくなるでしょう。

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練馬の商店街で見つけた「あんぱちや」と「とりみき」

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3月の終わり、練馬の商店街に行ったとき、「あんぱちや」を発見した。
「あんぱちや」に関する記事は、以前にも書きましたが(我が家の近くのあんぱち霜降商店街のあんぱち)、練馬にもあったんですね~。
根津や十条にもあるらしいですが、練馬にもあるとは!
練馬の「あんぱちや」も、一体本業は何屋なのか、見ただけでは判別がつきません。ただ、霜降や我が家の近く(中落合)が化粧品とか生活雑貨が目立つのに対し、練馬はリュックサックや帽子、サンダルなどが置いてありました。また店内には、化粧品もあるようでした。
この3件の「あんぱちや」を見る限り、やはり共通するのは化粧品のようです。
おそらく化粧品屋の商号として「あんぱちや」があり、長い年月をかけて、女性の美容や健康に関連する生活雑貨やトイレタリー(石鹸や健康タオル、湯たんぽなど)を取り揃えていったのでしょうか。それにしても、リュックや帽子はちょっと路線がずれていますが・・・。

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人の命を支える和風れすとらん「とりみき」
あんぱちやを発見した後は、和風レストラン「とりみき」でランチを食べました。
練馬の駅を出て、「松澤酒店」(この酒屋さんも色々な地酒を取り扱っており、オススメです)の脇の道を入ってすぐ左にあります。ただ、現在は改装中で、桜台の仮店舗で営業中とのことです。
和風レストランというより和風料理屋というほうがピッタリきますが、看板にある「Human Life」それも筆記体で書かれているのが気になります。直訳すれば、人生、人命ということになりますが・・・。「食」は人の生命を支える重要な活動ですが、とりみきもそれに一役買っているということなのかもしれません。それにカタカナでも英語でもなく、平仮名で「れすとらん」というのも、こだわりを感じさせてくれます。
Photo_3 肝心の料理ですが、天丼ランチを頼んだのですが、海老2本に魚と野菜が乗ったこのボリュームで確か1000円しなかったと思います。少し濃い目の天つゆの味がしっかりと天ぷらと御飯と絡んで、おいしかったです。食後にりんごがついてくるのも◎です。練馬に行ったら、必ずここで食べようと思わせてくれる料理屋さんでした。
夜は、ふぐやたら、カキなどの鍋料理も食べられるようです。
練馬に行く予定があったら、ぜひ「とりみき」を。
**ただし、2009年4月現在、改装中ですので、行かれるときは、電話で確認を。
とりみき TEL:03-3991-5330

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商店街を見守る「猿の神」庚申塚

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巣鴨と江戸川橋の地蔵通り商店街(巣鴨江戸川橋)がそうですが、商店街の一角に歴史的建造物があると、商店街の趣を一層高めてくれるものです。
巣鴨の地蔵通りなら、言うまでもなくとげぬき地蔵を祀る「高岩寺」ということになるかも知れませんが、個人的には、商店街の外れにひっそりと佇む庚申塚の方が落ち着いた雰囲気でオススメです。すぐ近くを都電が走り、Photo_2 日々の忙しさから解放されたような気持ちになります。
このあたりは、江戸時代から江戸と板橋宿を行き交う旅人の休憩場として賑わっていた地域で、1657年に庚申塚の象徴である石塔が建てられたそうです。また、1502年に造立された石碑もあったそうですが、今は庚申塚の下に埋められている“らしい”です。この塚の上に石塔を建てるのが庚申塚の特徴で、またの名を庚申塔と呼びます。巣鴨だけでなく、全国的に分布しているようで、特に相模に多いようです。
トップの写真を見てもらえると分かりますが、猿田彦大神とあります。これは、庚申塚の「申」が干支で猿に例えられるから、庚申信仰と結びついて、猿が祀られるようになったそうです。「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿が彫られている庚申塚もあるようで(写真は神奈川県藤沢市伊勢山公園の庚申塔)、Photo 「見ざる、言わざる、聞かざる」といえば日光東照宮の専売特許と思っていたのですが・・・。勉強になりました。

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十条の誇り高きJapanese Chinese Cuisine

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十条にある中華料理専門店「玉屋」に行ってきた。
十条銀座と続いている富士見銀座商店街にある昔ながらの「ラーメン屋」さん。
過去にはドラマのロケ地として登場したこともあるようで、「のれん」や「メニュー」、そして「店内の雰囲気」が懐かしくてうれしくなるくらいの風情をかもし出しています。
もちろんメニューは手書きです。もちろんカレーライスもあります。もちろん週刊誌が置いてあります。もちろんシーズン中は、ナイター中継やっていることでしょう。
また、店を切り盛りするご高齢のご夫妻2人が、似合う似合う!!
何十年も中華料理を作りつづけているのでしょう。誇りすら感じさせてくれます。

正体を現したB級グルメの王道「チャンハン」
実は、以前から気になっていたメニューがあって、ようやくそれを食べることが叶いました。それがこの炒飯。Photo_2 そう、チャーハンです。見た目も味も、昔からある日本風のチャーハン。ちょっと油が自己主張してこってりしていて、ネギとにんじんと豚肉がしっかりと演出する。
 決して、高級中華料理店でサーブされるような高級食材も入ってないし、パサパサっとした感じもしないけど、これぞB級グルメの王道!!遠慮なくガツガツと食べることができるのも、またうれしい。
 「おいしい」ではなく「うまい」と感じることができるチャーハンです。
 でも、この昔ながらのチャーハン。玉屋さんではチャンハンと呼ぶのです(トップの写真にも写っています)。実は、これが気になっていた最大の理由。絶対にその正体を暴いてやろうと意気込んだのですが、予想通りのチャーハンが出てくるというオチにひと安心。「チャンハン」と呼ぶオリジナル料理が出てきたら、それはそれで報告のしがいもあったわけですが(笑)

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チャンハンと一緒にラーメンも頼みました。キレイにカットされた玉子と「なると」を見ていると、よだれが出てきそうです。最近では、「なると」が入っているラーメン、見かけなくなりましたよね。以前は、必ずといっていいほど入っていたし、母親が作るラーメンにも必ず入っていました。なんでも、練り製品である「なると」は、れっきとしたかまぼこの仲間で純粋な日本生まれの食品。その歴史は古く、1846年発行の「こんにゃく百珍」という書物に記述が確認されているそうです。

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