出張・地方

坊っちゃん列車と道後の神

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これが松山名物の「坊っちゃん列車」です。
明治21年から67年間にわたって、松山市民の足として活躍した蒸気機関車がモデルになっています。夏目漱石の「坊っちゃん」の中で、軽便鉄道時代の伊予鉄道が「マッチ箱のような汽車」として登場しており、四国・松山の中学校に赴任する主人公の坊っちゃんがこれに乗ったことから、坊っちゃん列車と呼ばれるようになったそうです。
2001年初頭に復元計画が発表され、同年10月から一般運転を開始、1日最大17往復(平日、土日は2往復増)走っています。ちなみに、停車する駅は、道後温泉、大街道、松山市駅、JR松山駅前、古町駅といった松山の中心となっている駅のみとなっています。
なお昔は言うまでもなく、石炭で蒸気の力で動いていましたが、現在はディーゼルエンジンを採用しています。ただ、煙突からは蒸気を煙のように放出し、いかにも明治時代の風景を再現しています。
今回の帰省では乗らなかったのですが、過去に2回ほど乗ったことがあります。
列車の中は木目調で、昔の制服を着用した機関士と車掌が乗車しています。
停車駅に近づくと車掌が駅名と降車客を案内・確認するなど、昔ながらの運営方法がとられています。

道後温泉を守る神たち

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道後温泉駅から伊佐爾波(いさにわ)神社に続く坂道。
この坂道を上って、さらにこの階段を駆け上がれば、伊佐爾波神社にたどり着きます。Photo_8
道後の初詣は石手寺が有名(ゆく年くる年にもたびたび登場)ですが、この伊佐爾波神社もよく行く場所です。ただし、この心臓破りの階段が苦でなければの話ですが。 

 

今回は、義父母の体力の関係から、道後温泉裏手ある湯神社に行きました。ここも階段はあるのですが、心臓は破られません。前を歩いているご婦人は、相当辛そうですが・・・。
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この湯神社、道後温泉の守護神で、毎年「湯祈祷」が行われ、道後温泉の湧出を感謝・祈願しています。いわば道後の神様ですね。
湯神社の裏手からは道後温泉本館が一望できます。その様は、まさに湯神社が道後温泉を見守っている姿、そのものです。オススメの景観ですので、道後に訪問する際は、ぜひとも足をお運びを。
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これで松山帰省シリーズは終了です。

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愛媛・松山の中心地「銀天街」

松山帰省第二弾です。
毎年、年末年始に帰っているため、友人や同僚からは「松山とか愛媛、詳しいんでしょ?」と聞かれるけど、実のところ観光地らしきところはほとんど行ったことがない伊右衛門です。

松山市民の遊べるスポット「銀天街」

前置きはこのくらいにして、松山の中心地を紹介します。
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ここが松山の繁華街「銀天街」。今回、はじめて行きました。
大街道とまつちかタウンの間にある商店街で、これら3つの商店街を合わせて松山中央商店街となっています。戦前からある商店街のようで、大街道から行くと銀天街は途中で右に直角に曲がり、まつちかタウンまでつながっています(なので全体でL字型をしている)。
全体の地図はこちら

大街道と銀天街に大きな違いはなく、通りを挟んで区画されています。まつちかタウンは、その名の通り、いわゆる地下街。新宿サブナードの小型版みたいなもんです。
洋服屋、靴屋、本屋、八百屋、陶器屋、薬屋、飲食店、パチンコ、ゲームなどなどありとあらゆる店が並んでいます。なので、この商店街に来れば、とりあえず生活必需品は揃うし、若者が遊べそうな店舗もあり、地元市民、特に若者にとってはなくてはならないスポットになっています。

ただ、こういうと地元の人に叱られるかもしれないけど、いわゆる“松山らしさ”がないのが残念ですね。個人商店もあるのですが、それ以上にけばけばしい装飾を施したチェーン店が目立ってしまい、商店街の印象を決めてしまっています(年末年始だから営業していないお店も多かったかもしれませんが)。後継者不足、大手の進出などにより個人商店の地位が相対的に下がってしまっているのでしょうが、中途半端に東京を目指したけどなりきれなかった感じがします。ちなみに裏通りには、お洒落なブティックもあります。
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まぁ、松山らしいといえば、道後温泉に行けばいいじゃないかという声も聞こえてきそうですが。
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銀天街を少し外れたところにあるパン三葉屋

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年末年始は日本最古の温泉へ

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年末年始は、妻の実家である愛媛・松山に帰省した。毎年恒例なので、今回でもう10回目くらい?になります。

皆さんは松山というと何を想像しますか?

松山は夏目漱石の「坊っちゃん」の舞台となった地であり、正岡子規の出身地。
また、道後温泉という日本最古の温泉地があるということで、なかなかの歴史のある街だ。あとはみかん、伊予柑、ポンジュース
保守的な傾向が強く、自民党が磐石の地でもあるのだが(ただし最近は変わりつつある)、そのためか伊右衛門妻の実家もかなり厳しい。
なので、商店街巡りなんて許されるはずがなく、義両親の散歩や初詣に付き合ったり、子供を遊びに連れて行くと理由を作って、散策してきました。毎年のことなんですけどね。

ミシュランガイドで最高評価:道後温泉
道後温泉は、ミシュランガイドで三ツ星評価を受けています。一説によるとその歴史は3000年に上るという。伊右衛門が出張で行った新潟県の大湯温泉は1000年くらいの歴史があるが、なんとその3倍!!
なんでも、怪我をした白鷺が道後の湯に浸したら傷が治ったことから、温泉が発見されたとのこと。聖徳太子も来湯したこともある。いまでも28本の源泉があるようで、その内17本の源泉が汲み上げ可能な源泉として、道後エリアに供給されているとのこと。
ただ、レジオネラ菌騒動の影響で県の条例が塩素の注入を義務付けたそうで、今では塩素消毒されています。義父いわく「お湯の質が変わってスベスベしなくなった」。
奥道後の方まで行けば、源泉かけ流しの温泉があるようですが。

初温泉は道後の椿湯
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今回の帰省では入浴してきました。ただ道後温泉本館(トップ写真)ではなく、椿湯の方に。こっちは本館より70円ほど入湯料が安く、地元の人は、こっちの方に来ることが多い。
ただ、この日(1月2日)は違った。まさに芋洗い状態。観光客、帰省客、地元客で、脱衣所も湯船も洗い場も人だらけ。並ばないと洗い場を確保できない。
でも、やっぱり温泉はいいですね。温泉評論家でないのでお湯の違いなどはよく分かりませんが、塩素が入っていようがなかろうと温泉は気持ちいい。体の芯からポカポカするし、なんといっても温泉後のビールが最高!これだけでも、辛い実家生活が癒されます。

続きは、後日また報告します!

ちなみにこれは、カラクリ時計と道後放生園(足湯)
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30分おきにカラクリが出てくる時計と足湯。カラクリ見たいけど、義両親に許されるはずもなく。今年も夢は叶えられませんでした。多分、このおじさんが何か一発芸でもやるのでしょう。いつか見れる日は来るかなぁ・・・・

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ちょっと足を伸ばして日本三景「松島」

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先日、出張で仙台に行った際、少し足を伸ばして松島で宿泊した。
松島に行くのは3回目。過去2回はいずれもプライベートで行ったもので、直近の訪問は今年のゴールデンウィーク。なので、2008年2回目の訪問となった。

高台のビジネスホテル「リゾートイン松島」
仙台からのアクセスは、仙石線に乗って40分ほど。松島海岸駅で下車。
下車すると、すぐに松島海岸の風景が目に入ってくる。
その日は、到着が遅くなってしまったので、観光らしきものは一切せず、ホテルに直行。
高台にそびえるビジネスホテル「リゾートイン松島」に宿泊した。
(駅から徒歩7分くらいですが、心臓破りの上り坂なので、無料の送迎バスを手配するのがベター。伊右衛門はぜいぜい言いながら歩きましたが・・・)
このホテル、普通のビジネスホテルなので、温泉はありませんが、高台にあるため、そこから見える松島とその街並は絶景。特に、朝陽に映える松島の景勝は、言葉に形容できない美しさです。
朝夕食事つきで1泊9000円という価格も満足です。
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朝焼けした松島(ホテル客室窓より)

松島の由来は松が多いから?

ウィキペディアによると松島とは、「宮城県の松島湾内外にある大小260余りの諸島のこと。または、それら諸島と湾周囲を囲む松島丘陵も含めた修景地区のこと」とある。松島が、「宮島」「天橋立」と並び日本三景の一つと言われ出したのは1714年ごろ(正徳四)。江戸幕府の儒学者林羅山の三男である林春斎がその著書「日本国事跡考」において、「日本三処奇観」と記したのが始まりとのこと。みちのくだけでなく、日本を代表する名勝として、かの松尾芭蕉も奥の細道で紹介している。

「松島」という由来は、駅の入口に諸説、説明されています。それによると、
1.聖徳太子が達磨大師の渡来を信じ、この地で待ったことから「待つ」が「松に転じて松島となった。
2.雄島(松島水族館近くの島)で修行中の見仏上人(長治元年(1104年)伯耆国(鳥取県)から雄島に渡った僧)に鳥羽天皇が松の苗を千本贈ったことから「千松島」と呼ばれるようになり、松島となった。
3.同じく見仏上人に源頼朝の妻・政子が姫小松千株を贈ったことから「千松島」と呼ばれるようになり、松島となった。

の3つが紹介されています。2と3は、何となく分かるけど、聖徳太子が待ったから松島って・・・。達磨大師ってのは誰なんでしょうね??達磨の師匠?なんか偉そうですね。
松島にあるほとんどすべての島に松があるようで、松島と呼ぶのは当然といえば当然だけど、そもそもなぜこの地は松が多いのか?は分かりませんでした。本当に、千本も贈られて松を植えたのか?だとしたら、その千本の松はどこから来たのか??謎は尽きません。
瑞巌寺に残された記録によると、この地にはもともと赤松しかなかったけど、長南栽松和泉守が黒松の種子を持ってきて植えたことから、今では黒松もあるとか。
でも、松は正月に飾るくらいだから、きっとこの地も、尊い場所として、昔の人々に崇められていたのだと思います。
ただ、当初は、雄島のみが松島と呼ばれていたそうです。
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松島の本家本元?「雄島」。雄島の右側には浪打浜があり、そこからの眺めも絶景!

瑞巌寺で“解毒”

さてさて、今回の出張では、翌朝、1時間ほど観光をしました。もう3回目ですけどね。
透かし橋を通って五大堂に渡り、お参り。その後、松島市場(さすがに朝早かったので、お客さんは伊右衛門1人でした)を回り、瑞巌寺へ。何度見ても、杉がそびえ立つ参道は圧巻。全身全霊を清めてきました。(仙台のケヤキ並木もそうですが、東北の樹木はなぜかやたらと背が高いんですよね)
また、瑞巌寺には洞窟が多く、鎌倉時代から江戸時代まで納骨や供養のために利用されていたようです。また、松島は古来「奥州の高野」と呼ばれ、浄土往生を記念する神聖な霊場だったそうです(瑞巌寺洞窟群の説明より)。
あまり時間がなかったので、瑞巌寺の中には入りませんでしたが、十分に自分の心が“解毒”できたような気がしました。
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瑞巌寺に至る杉の参道。脇には洞窟群がある。

参考ホームページ
電脳松島絵巻(松島観光協会)
http://www.matsushima-kanko.com/
瑞巌寺http://www.zuiganji.or.jp/

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思い出に残る出張「新潟県 大湯温泉」

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仕事柄、地方への出張が多いが、先日の出張は、過去の中で一番よかった。

新潟県魚沼市にある大湯温泉である。
仕事は魚沼市で開催された健康ビジネスサミット「うおぬま会議」に参加するためだったのだが、宿泊場所として指定されたのが大湯温泉だった。

 

源泉かけ流しの貴重な温泉

泊まったのは、大湯温泉の「和泉屋旅館」さんで、 Photo_3
大湯温泉郷の源泉の目の前にある古風な旅館だ。
この温泉の特徴は、その名の通り、豊富な湯量。
いわゆる「源泉かけ流し」で48℃の源泉を、各旅館が引いている。

旅館のおばちゃんは、
「わたしのところは、源泉だけで浴槽を満たして、そのままあふれさせています。最近は、(全国的に)ろ過機を導入してお湯を循環させているところも多いけど、うちは(ろ過機を購入する)お金もないし、昔ながらの方法で温泉をはっています。だから、毎朝9時には、一回お湯を全部捨てて、浴槽を掃除しなくちゃいけないんだけどね」と、言っていました。
まさに温泉本来の姿です。源泉かけ流しの温泉は、年々少なくなっているようで、今では、全国の7割が循環方式になっているとのこと。

この後も、伊右衛門とおばちゃんとの会話は続き、
伊右衛門 どのくらい昔から温泉街としてあるのですか?

おばちゃん 温泉街として発展したのは明治以降だけど、温泉自体はもっと古い。近くのお寺で「過去帳」と呼ばれる家系図を見たことがあるが、それ見ると56代までさかのぼるみたいなんだよね。

伊右衛門 え?56代ですか。20歳で子供を産むと計算する・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・sign03sign03sign031000年以上も前じゃないですか?

おばちゃん そういうことになるのかねぇ。

地元の人は、そのすごさに気付いていないのか?
言葉は悪いが、新潟の片田舎にある小さな温泉街に過ぎないのに、歴史も温泉もすばらしい。
平日だったせいもあるかもしれないが、観光客も見当たらなかったし、まだまだ日本にはこんな隠れた山里があるんだなぁ、と感心しきり。

タイムスリップする錯覚

翌日は、午前中から会議が入っていたので、
眠い目をこすりながら6時半に起床。

朝風呂にゆっくりつかった後、周辺を散歩した。 Photo_6
目の前には、懐かしさを感じさせる街並みが広がるが、なんと言っても絶景が「越後駒ヶ岳」。
ちょうど11月頭くらいから積雪が始まったようで、 駒ヶ岳の頂上付近は白くなっていて(写真の左側後方に写っている山)、その手前にある金毘羅山は紅葉の真っ盛り。
そのコントラストの美しいこと。野鳥がどこからともなく飛んできて、木の枝に止まったかと思うと、また飛んでいく。Photo_4ふと、反対側に目をやると、源泉から湧き出る白い湯気。
日本の原風景とも呼べる世界観がそこには広がっており、ただただ圧倒されました。都会生まれの都会育ちの伊右衛門だが、なぜか自分の古い記憶が呼び戻されるような、そんな錯覚を感じる時間でした。

この数時間後には、会議という形で現実に連れ戻されてしまうわけですが・・・・coldsweats02

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